患者さんからもらった言葉。

社会人のこと

退職日は、
普通の日勤だった。

最後だからって、
特別なことはなかった。

いつも通り申し送りして。

いつも通り受け持ちして。

いつも通り記録して。

気づいたら、
勤務終わってた。

何回も辞めたいって思った。

休職もした。

復職もした。

それでも無理で、
自分で退職を決めた。

あんなに辞めたかったのに。

最後の日は、
不思議と実感がなかった。

泣くかなとも思った。

でも泣かなかった。

むしろ、

『やっと終わった』

『やっと解放された』

の方が大きかった。

ロッカーで着替えながらも、

『明日から無職かー』

って思ってた(笑)

未来の不安より、

とりあえず夜勤しなくていい。

明日の勤務を気にしなくていい。

そんな安心感の方が大きかった。

でもね。

病棟を出る時。

少しだけ寂しくなった。

患者さんの顔が浮かんだ。

分娩を一緒に頑張ったお母さん。

退院した後も、
赤ちゃん連れて会いに来てくれたお母さん。

婦人科の手術と治療を乗り越えた患者さん。

『めいさんいますか?』

って病棟に顔出してくれた人たち。

私は正直、

ずっと

『助産師向いてない』

って思ってた。

仕事遅いし。

要領悪いし。

怒られてばっかりだったし。

ずっと余裕ないし、バタバタしてたし。

だから、

できなかったことばかり覚えてる。
できない側で生きてきたから、
そっちの記憶が大きいし、思考がそれだったのかも。

でも患者さんは違った。

私ができなかったことじゃなくて、

私がしていたことを見てくれてた。

私自身のことを見てくれてた。

そして、
退職する時にもらった手紙。

今でも大事に置いてる。

何回読んだかわからない。

苦しくなった時も読んだ。

悔しいと思った時も読んだ。

その中でも、
特に忘れられない患者さんがいる。

重症貧血で入院してきた患者さんだった。

最初に会った時は、
顔色も悪くて。
全身浮腫んでて。
歩くのも動悸と息切れが半端なくて。

ほんとにしんどそうだった。

検査や治療がどんどん進んで。

大量輸血もした。

そして手術。

手術の夜は私が夜勤。

『安心した』って言ってくれた。

でもそこで、
悪性の子宮肉腫が見つかった。

まだ若い人だった。

これからの人生だってある。

仕事だってまだバリバリしてる。

なのに、
現実はすごく残酷だった。

そこから化学療法も始まった。

身体もしんどかったと思う。

気持ちもしんどかったと思う。

それでもその人は、
前を向こうとしてた。

『これ頑張ったらいい未来があるって信じてる』
って言ってた。

私は助産師として関わってたけど、

正直、
励まされてたのは私の方だったと思う。

やっと寛解した時。

本当に嬉しかった。

『よかったね』

って一緒に喜んだ。

私も、
少しホッとしてた。

でも。

また再発した。

なんでこの人なんだろう。

なんでまた頑張らないといけないんだろう。

そう思った。

その人とは、
不思議なくらい節目で関わった。

最初の入院の日も。

最初の手術の日も。

再発して、
もう一度手術する日も。

通院で来た時も、
よく会いに来てくれた。

だから、
すごく印象に残ってる。

2回目の手術の日。

私は夜勤だった。

帰る時間。

手術室へ向かうその人を見た。

不安だったと思う。

怖かったと思う。

でも私は、
何て言ったらいいかわからなくて。

思わず廊下で、

『〇〇さん!がんばって!』

って叫んだ。

今思うと、
助産師らしくないよね(笑)

しかも廊下でめっちゃ恥ずかしい。

もっと気の利いた言葉も
あったかもしれない。

もっと専門職らしい言葉も
あったかもしれない。

でも、
その時はそれしか出てこなかった。

退職する時。

ほんとに最後の日とか伝えてなかったのに、
最後の日に来てくれたの。
すごくない?!

その人がくれた手紙に、
こう書いてあった。

『手術に向かう時にかけて下さった声が、
エネルギーの塊になって、
私の身体に飛び込んできたような不思議な感覚があって、
すごく力をもらいました』

って。

さらに、

『思い出すたび、
今も応援してもらっているような気持ちになります』

とも書いてあった。

読んだ時、
涙が出そうになった。

私はただ、

『がんばって!』

って言っただけだった。

でも、
私が思っていた以上に、
その人の力になれていた。

別の手紙には、

『不安がある中で、
めいさんのように丁寧に向き合って下さる助産師は本当にありがたかったです』

って。

そして、

『ご自分にも優しくしてあげて下さいね』

って。

読んだ時、
少し笑った。

だって当時の私は、

自分に優しくする方法なんて、
全然わからなかったから。

私はずっと、

できなかったことばかり見てた。

仕事が遅い。

要領が悪い。

怒られる。

同期と比べる。

そんなことばっかりだった。

でも患者さんは、

私ができなかったことじゃなくて、

私がしていたことを見てくれてた。

痛みでしんどい時に
腰をさすったこと。

不安な時に
話を聞いたこと。

出産を一緒に頑張ったこと。

ただ隣にいたこと。

そんなことを、
覚えてくれてた。

退職した後。

正直、

『もう病院では働かん』

って思ってた(笑)

夜勤も嫌だった。

人間関係も嫌だった。

責任も重かった。

助産師という仕事そのものを、
嫌いになりかけてた。

でも。

手紙を読むたびに思う。

あの時間は、
無駄じゃなかったなって。

あんなにしんどかったのに。

あんなに辞めたかったのに。

私が関わった時間は、
ちゃんと誰かの中に残ってた。

だから今なら思う。

辞めたかったのは、

助産師じゃなかった。

あの時の環境だった。

もちろん、
退職したことは後悔してない。

あの時の私には、
必要な選択だったと思う。

でも、

助産師になったことも後悔してない。

あの時出会ったお母さんたち。

赤ちゃんたち。

もらった言葉。

もらった手紙。

全部、
今でも私の宝物。

辞めたかったはずなのに。

最後に残ったのは、

『助産師になってよかった』

って気持ちだった。

だから今は後悔してない。